うつ病になっても変わらず接してくれた妻|私を支えた何気ない日常

こんにちは、nobuです。

うつ病になってから、私は以前の自分とは変わってしまったように感じることが増えました。

少し調子の良い日もあれば、どうしようもなく気持ちが沈む日もあります。何もできない自分を責めて、「どうしてこんなふうになってしまったのだろう」と考えることもありました。

そんな療養生活の中で、大きな支えになったのが、病気になる前と変わらず接してくれた妻の存在です。

特別な言葉をかけてもらったからではありません。

以前と同じように話し、笑い、ときにはケンカもする。そんな何気ない日常が、当時の私には何よりもありがたいものでした。

うつ病になってから感じた、周囲との距離

心と体の調子を崩してから、人との関わり方が以前とは少し変わったように感じることがありました。

周囲が私の体調を気遣ってくれていることは分かります。それでも、会話の中で気を遣わせているように感じたり、以前とは違う距離ができたように思えたりすることもありました。

「どう接すればよいのか困らせているかもしれない」

「面倒な人だと思われているのではないか」

相手に直接言われたわけではなくても、心が弱っていると、つい悪い方へ考えてしまいます。

人と会うこと自体が怖くなり、自分から距離を取ってしまうこともありました。

以前と変わらず接してくれた妻

そんな中でも、妻の接し方は以前とほとんど変わりませんでした。

何気なくその日の出来事を話してくれる。子どもたちの様子を一緒に見ながら笑う。私が元気な日には普通に話し、調子が悪い日には必要以上に励まそうとしない。

ときには意見が合わず、夫婦げんかをすることもあります。

でも、それも含めて、病気になる前と変わらない日常でした。

妻が特別扱いをせず、いつもどおり接してくれることで、私は「病気になっても、自分は家族の一員のままなんだ」と感じられました。

何もできない日があっても、会話が続かない日があっても、私の居場所はなくなっていませんでした。

そのことに、何度も救われました。

「今の自分でも、ここにいていい」と思えた

うつ病になると、自分が自分ではなくなったように感じることがあります。

以前ならできていたことができない。好きだったことにも興味が持てない。少しのことで不安になり、気持ちが大きく沈んでしまう。

そんな自分に嫌気が差し、「早く元の自分に戻らなければ」と焦っていました。

家族のためにも、以前のように働けるようにならなければいけない。もっと明るく振る舞わなければならない。

そう考えるほど、今の自分を否定してしまいます。

けれど、妻の変わらない態度に触れるたびに、

「今の自分でも、ここにいていい」

そう言ってもらっているような気がしました。

実際に妻がその言葉を口にしたわけではありません。それでも、いつもどおり接してくれる姿から、私はそう受け取っていました。

働けるかどうかや、元気に振る舞えるかどうかだけで、自分の価値が決まるわけではない。

そのことを、妻との何気ない日常が少しずつ教えてくれたのだと思います。

以前の自分に戻ることだけを目指さなくなった

もちろん、少しでも回復したいという気持ちはあります。

元気に過ごせる日を増やしたい。家族と心から笑える時間をもっとつくりたい。また安心して働けるようになりたい。

その思いは今も変わりません。

ただ、以前の自分にまったく同じ形で戻ることだけが、回復ではないのかもしれないと考えるようになりました。

心と体の調子を崩した経験がなかったことにはなりません。

無理を重ねてきたことや、働き方について考え直したことも、今の私の一部です。

以前の自分に無理やり戻ろうとするのではなく、今の自分に合った働き方や生き方を探していく。

妻が変わらず接してくれたことで、そんなふうに考えられるようになりました。

特別な励ましよりも、普段どおりの日常がうれしかった

心の調子を崩している人に、どんな言葉をかければよいのか迷う方もいると思います。

励ました方がよいのか、そっとしておいた方がよいのか。本人のためを思うほど、どう接すればよいか分からなくなることもあるでしょう。

私の場合は、特別な言葉よりも、以前と変わらない日常に助けられました。

無理に前向きにさせようとしない。病気の話ばかりをしない。調子が良い日は普通に笑い、悪い日は静かに過ごす。

妻がいつもどおりでいてくれたことで、私も病気のことだけを考えずに過ごせる時間がありました。

もちろん、支え方に正解があるわけではありません。

家族との関係や、その人の状態によって、心地よい接し方は異なると思います。

ただ、私にとっては、妻の「変わらなさ」が大きな安心につながっていました。

支えてもらうことへの申し訳なさもあった

妻に支えてもらっていることを、素直にありがたいと思えない日もありました。

家族に負担をかけている。妻に我慢させている。自分がもっとしっかりしなければいけない。

そんな申し訳なさが強くなり、かえって自分を責めてしまうこともあります。

けれど、自分を責め続けたからといって、すぐに動けるようになるわけではありません。

調子が悪いときは支えてもらい、少し余裕が戻ったときに、自分にできることをする。

夫婦や家族は、いつも同じ人が支えるのではなく、そのとき動ける人が支え合っていくものなのかもしれません。

今は妻に助けてもらうことが多くても、いつか自分が家族を支えられる日もある。

そう考えることで、少しずつ人の助けを受け入れられるようになりました。

妻の変わらなさが、私を支えてくれた

妻は、特別な言葉で私を励まし続けたわけではありません。

病気になる前と同じように話し、笑い、ときにはケンカをしながら、そばにいてくれました。

その「変わらなさ」が、当時の私には何よりも大きな支えでした。

うつ病になったことで、できなくなったことはたくさんあります。

それでも、家族との関係や、自分の居場所まで、すべてなくなったわけではありません。

何もできない日でも、私は私のまま、ここにいていい。

妻との何気ない日常の中で、少しずつそう思えるようになりました。

今も、心や体の調子には波があります。焦る日もあれば、自分を責めてしまう日もあります。

それでも、以前と変わらずそばにいてくれる人がいる。

その事実を大切にしながら、これからも自分のペースで歩いていきたいと思います。

コメント